貴方と、私
季節が巡るのは、なんて早いんだろう。
城を出た時は、冬の寒さが和らいだ小春日和だった。
それなのに、季節は既に年の瀬を迎えている。
あの日から何が変わった?
見習い騎士と呼ばれて、世の中の情勢などあまり詳しくなかったが、いつの間にかその運命とも言える戦争に参戦している自分。
暗く、重い戦争の中にいても、その合間の休息の日々が何と心地よいことか。
不謹慎だと思いながらも、その限りある安らぎの日々を心の安らぎとしていた。
他人になど全く興味のなかった自分。
そんな自分の中に記憶された初めての他人。
一目見て、心を奪われていた。
けれど、貴方は自分にとっては声など掛けられない、高嶺の人。
私など、名前すら覚えて貰えないだろう。
見ているだけで、貴方と一緒の時を過ごせるだけで、いいと思っていた。
……まさか。
本当にそれで良い訳がないのに。
貴方を見ている内に、貴方を慕う者の多さに気付いた。
あぁ、みんな同じだ。
同じ思いを抱いている。
自分も同じだからわかる。
皆、貴方に触れたくて、出来ることなら貴方を自分のモノにしたいと思っている。
思う?いや、それは欲望。
皆欲望の目を貴方に向ける。
自分もその中の一人。
その他大勢の欲望にまみれた一人。
貴方の一番になりたくて、欲望にまみれた醜い一人。
そんな醜い、大勢の目に囲まれていても、貴方はいつも綺麗だ。
いつも変わらぬその落ち着いた眼差しに、自分はこうも引き込まれる。
そんな貴方の一番になりたくて。
貴方に少しでも近づきたくて。
初めて自分から近づいた。
貴方に。
貴方は、いつもと変わらない。
いつも貴方の周りには誰かがいる。
きっと、貴方の近くにいると、心が安まるから。
貴方と同じ時間を共有したいから。
そんな貴方が珍しく一人でいた。
この期を逃してしまったら、もう貴方には近づけないような気がした。
何か用事がある訳でもない。
話したいことがある訳でもない。
それでも、声を掛けてしまった。
一瞬驚いた表情を見せた貴方。
しかし、そんな私にも、貴方は笑いかけてくれた……。
「アベル殿……。」
「君は……、ロディ。どうしたんだい?」
「わ…私の名を憶えていてくれたんですか?」
「当たり前じゃないか。君は、いわば私達の後輩とも言えるべき、マルス様をお守りするテンプルナイツの一員じゃないか。まぁ…そもそも既に軍を退いてしまった私が君たちを後輩呼ばわりすることの方がおこがましかったね。」
「そ……そんなことはありません!!」
まさか、自分の名前を覚えていてくれたなんて。既に予想と違う展開に、動揺が隠せない。
「今は既に軍を退いた私などでは、マルス様の護衛などとうてい無理だ。どうかマルス様のことをよろしく頼むよ。頑張ってくれ。」
「ア……アベル殿。」
微笑む貴方に目眩がする。
なんて美しい人なんだろう。
私なんかがふれようなんて、それこそおこがましい行為に違いない。
「あぁ……今日はなんて寒いんだろうね。雪が降るんじゃないか?」
黙ってしまった自分に、貴方は優しく声を掛けてくれる。
「そうですね……。今年初の初雪でしょうか……。」
「初雪……か。ロディ、まだ時間はあるかい?屋上にでてみないか?」
「え!?今から、ですか?」
「いや、無理には誘わないけど?」
「いえ、大丈夫です、行きましょう。」
「そうか、初雪が見られたら何かうれしいよね。」
無邪気に微笑む貴方。
こんなに間近で貴方の笑顔が見られるなんて。
しかも、貴方と今年初めての雪を見られるなんて。
今日が、何の日か知っているんですか?
知っていて、私を惑わすのですか?
「ほら、ロディ。予想通り、雪が降っている……。」
貴方の髪に、肩に、白い雪が降りつもっては消える。
遠くから眺めていた笑顔が、今だけ自分に向けられている。
これ以上ない幸せを感じる。
「なんでだろう。雪は、心を落ち着かせてくれる。」
貴方はそう言って空を仰いだ。
私も同じように空を仰いでみる。
一面に広がる雪。
頬に、おでこに落ちては消える。
火照った顔に丁度言い。
どれほどの時間そうしていたのかわからない。
きっと一瞬だったのかもしれない。
けれど、貴方と過ごした時間が、このまま終わって欲しくなくて、とても長い時間を想像した。
「さ、そろそろ行こう。風邪を引いても良くないからね。」
微笑んで、貴方は私の肩についた雪を揺り払ってくれた。
「今日は、クリスマスです。」
「そうだね。」
「雪の降るこの夜は、ホワイトクリスマス。いつもより、幸せになれるという聖なる夜です。」
「そうだね。」
「………。短い時間でしたが、一緒に過ごせて楽しかったです。ありがとうございました。」
雪を背に積もらせて、一礼をした。
貴方は、変わらず微笑んでいた。
「それじゃあ、こちらこそありがとう。楽しかったよ。」
微笑んだ、その頬についていた雪にそっと手を伸ばした。
その手に触れた、貴方の温もり。
慌ててその手を引き戻し、もう一度一礼した。
「ありがとうございます。」
「……じゃあ。」
そのままの姿勢で、私は貴方を見送った。名残惜しそうに見つめてしまいそうで、その顔を上げることが出来なかった。
ほんの少しの時間だったが、貴方と過ごせたクリスマス。
ますます、貴方のことが好きになってしまったようです。
どうか、私の願いが叶うなら、来年のこの日もまた、貴方と過ごせますように。
ほんの少しの時間でも構わないから。
いつもより、ほんの少し幸せになれたこの雪に願いを込めて。
柄にもなく雪に祈ってみる。
「ふふっ……。」
自嘲気味に笑って、もう一度空を見上げた。
一面に広がる雪。
火照った頬が落ち着くには、もう少し時間が必要だな……。
メリークリスマス、貴方に幸せな聖夜を……。
おわります。
展開の速さにお乗り遅れのない様お気を付け下さい………。
と、早くも終点です。お疲れさまでした。
まだまだロディの恋は発展途上。クールな分、なかなか本心を伝えられないんでしょうね〜。
ご所望どおりル〜●さんは蚊帳の外です。でも、今後の展開的にちらほらでてくると面白いキャラかと思っています。あと、最大のライバルカインさんもいずれはでてくるかと……。はたしてロディの恋は実るのか?何とも障害の多い恋愛ではないでしょうか。
その方が話的には盛り上がるのかな??
|
|
|