微笑みの代償_1
狼騎士団の実習訓練が終わり、暫しの休息の時間。
ロシェは愛馬と友に草原を駆けていた。
何も考えずに、風の中をまるで飛ぶように駆け抜ける。
頬を撫でる風が心地よかった。
昔もこうして草原を駆けていた。仲間と、最も慕っていた方と。
こうしている間だけは、何もかもが忘れられる様な気がして、度々こうして馬を走らせた。
暫く時間を忘れて駆け回り、城の側まで来ると、愛馬を木陰で休ませる。
夏の季節も終わり、既に暦は秋だと言うのに、まだまだ陽射しは衰えてはいない。
ロシェは、額の汗を軽く拭うと、ふぅ…と一息力を抜いた。
そんなロシェの元に、騎馬が一騎近づいて来た。
遠目にもわかる赤紫の髪。普段から見慣れたその姿に、特に驚く様子もない。
案の定自分の前で止まると、颯爽と馬から下りてロシェの前に立った。
逆光になって表情は読めないが、何も言わずに立ちつくしている彼に、ロシェはしびれを切らして声を掛ける。
「どうしたの?ウルフ。」
「………。」
彼、ウルフは相変わらず無言のままだ。
何か訓練中にミスをしただろうか?ウルフと、何か約束をしていただろうか?等と、思い当たる節を浮かべてみても、全く身に覚えがない。それとも、自分が気づきもしない失敗でもしていたのだろうか。
とは言え、腕組みをして、自分の目の前に立ちつくしているウルフだ。やはり何かしでかしてしまっていたのだろうか。ロシェは心休まる暇もなく、思考を巡らせた。
ふと思い立ち、逆光にも幾分か目が慣れて、その表情を読みとろうと目線を上げると、おもむろに目が合ってしまい慌ててロシェは目線をさげていた。
「もう秋なのに……。まだまだ暑いよね。」
ついついばつが悪くて、当たり障りの無いことを言いだしてしまう。
相手の顔色を窺ってしまうのは、ロシェの悪い癖だった。
「………。」。
等のウルフは、怒っている訳では無さそうだけれど、相変わらずの無表情で何を考えているか解らない。変わらぬ無言のままロシェを威圧する。
「……もう、何か言ったらどうなんだよ。僕が何かしたのかい?はっきり言ってよ。」
とうとうしびれを切らしてロシェは唇を尖らせた。
「俺は、お前のことが好きだ。」
それは、唐突の出来事だった。
「………。」
あまりに唐突すぎて、ロシェは返す言葉が思いつかない。
理解に苦しむ、と表現すれば良いのだろうか。
「ロシェ、俺はお前が好きだ。」
全く無反応なロシェに向かい、ウルフはもう一度はっきりと、その言葉を口にした。
「……好きって……。」
それでもまだ、理解できない言葉の意味。
少しだけ考えて、あきれたと、ため息をつく。
「そんな冗談を言って、僕をからかって楽しいかい?」
くすりと笑って首を傾げる。
そんな些細な仕草すらも、ウルフの目には魅力に見える事なんて、ロシェは全く知らないのだろう。
「俺が冗談を言うように見えるのか?」
その問いに対して、再び沈黙。
「……見えない。」
二人は顔を見合わせたまま、暫く微動だに出来ずにいた。再度訪れる暫しの沈黙。
先に目を逸らせたのは、ロシェだった。
「見えないけど……。冗談として受け取っておくよ。」
慌てて立ち上がり、愛馬の背に跨ろうと、その手綱に手を掛けた。
「……!!」
しかし、一瞬早くウルフにその手を捕まれていた。はっとしてウルフを見上げる。
再び視線が合い、慌ててロシェは視線を逸らした。
「お前はそうやってすぐに逃げ出す。」
「………!」
「相手の顔色ばかり気にして、少し距離が縮まったかと思うと、すぐにまた距離を開ける。」
ウルフの言葉にロシェの表情が一気に陰る。
「どうして?悪いかい?」
自分の心の中を見透かされて、ロシェは柄にもなく苛ついていた。
たとえ幼き頃より一緒だった狼騎士団の仲間でも、心の中までは入り込まないでくれとでも言いたげに。
ウルフの手を振りほどこうとするが、きつく捕まれたその手は振りほどけなかった。
ここで逃がしてしまったら、何も変わらない。何の進展もない。そうウルフは確信していた。
「俺はお前が好きだ。」
もう一度はっきりと、愛の告白。真剣なウルフの表情。冗談……。などでは無いことなど、ロシェにもひしひしと伝わっている。だけど、その思いに答えることをロシェは躊躇っていた。
「ほんと、ごめん。やっぱり僕は……。」
俯いたまま、力無く言葉を交わすロシェ。
ロシェの手を掴むウルフの腕に無意識に力が込められる。何を怖がるのか?誰に脅えているのか?ウルフにはそれがわからない。
わからないからこそ、そんなロシェの側にいてやりたい。その、不安を取り除いてあげたいと、ウルフは思うようになっていた。
気付いた時には好きになっていた。
仲間として、友達として……。
そして、それ以上の存在として。
ロシェの自己犠牲の念が強いことに不安を抱いた。
このままでは、ロシェは平気で自分の身を犠牲にして、その命を落とすだろう。
そう、まるでそれを望んでいるかのように。
人が傷付くくらいなら、喜んで自分が傷つくなんて、並大抵の人間では絶対に出来ない。
それをいとも簡単に実行していく姿。
自分が守らなければいけない。
ロシェがそれを望むのなら、そのロシェは自分が守ると、決めた。
だから、引き下がれない。
「……ロシェ。」
落ち着かせるように、その名を呼んだ。
「………。」
ロシェは何も答えようとしなかった。俯いたその顔には前髪が掛かり、その表情を隠す。
この場から逃げ出したいのに、腕を捕まれ思うようにならないロシェは、見えない手で両耳を塞ぎ、何も聞こえないよう、何も聞かないようにしているかの様だった。
「ロシェ。」
もう一度、はっきりとその名を呼ぶ。
「………。」
やはり、反応は無い。
「それじゃあ、質問を変えよう。ロシェ、お前は俺のことは好きか?嫌いか?」
「……!」
ほんの少し、ロシェが動揺したのがわかった。
「……。ねぇ、早く城に戻らないと、ザガロやビラクが心配してるよ?「隊長はどこだ!!」って。」
本心を隠すように、笑顔をその顔に貼り付けて、ロシェは笑う。
「………話を逸らすな。そんな心配しなくとも、ちゃんとザガロには伝えてある。」
「………。」
「質問に答えてくれ。」
逃げ道を塞ぎ、追いつめる。ウルフにはこんな方法しか取れない。こんなにも好きなのに、追いつめて、困らせている。
「……い、だよ。」
「………!」
「ウルフなんて、嫌いだよ。……ウルフだけじゃない。ザガロも、ビラクも……。」
「嘘を付くな。」
「嘘だなんて……!」
ロシェの言葉の最後は途切れていた。
突然の口付け。
「や……やめ……!」
必死に顔を背け、抵抗するロシェを、ウルフは木の幹に押し付けて、息つく暇さえ与えないように執拗な口付けを繰り返した。
全身で抵抗をしていたが、ゆっくりと力が抜けていく。その身体を支えるようにウルフはきつく抱きしめた。
「………嘘じゃないよ。」
肩で息をしながら呟いたロシェの言葉。これが、最後の抵抗。
「嘘だ。」
ウルフは全く動揺せずに、その言葉を否定する。
「……君は、本当に意地悪だね。」
その言葉に、ウルフは安堵した。一歩、ロシェの心に近づいた。そんな気がした。
「確信があるのなら、聞かなくても良いのに……。」
「お前の口から、聞きたいんだ。」
「……好き……さ。もちろん。だけど、君の想いには答えられない。」
「俺よりも、もっと好きなヤツでもいるのか?」
「そう言う訳じゃない……。」
結局、再び振り出しに戻っていた。
もっと、根本に問題がある、そう思ったときに、浮かんだ名前。
「………ハーディン様………か?」
「!!……。」
明らかに、今までとは違う動揺。
それもその筈、ウルフにとっても、最も忠誠を誓っているのはハーディン皇帝、その人だからだ。
「好き……だったのか?」
だった、と聞くのもおかしな話ではあるが、今やハーディンはアカネイアの皇帝。共に草原を駆け回っていたあの頃とは違う。もう、ウルフやロシェですら、簡単には逢えない……。そんな遠い存在となっているのだ。
「そうだね……。好き……だった……よ。」
「………。」
「尊敬と、感謝と、憧れ……。そうだ、大好き……だったんだ。」
ロシェの言葉は過去形のままだった。
「あの頃の、ハーディン様は……もういない。」
王弟と呼ばれていた頃のハーディンは。
勝手に慕って置きながら、裏切られたなんて思う方がおこがましいのかもしれない。
だけど、そう思わなければ、とても心を保つことなど出来なかった。
裏切られたと思うことで、気持ちに諦めを付けていた。
「ハーディン様を忘れる事なんて、出来ない。それは俺も同じだ。」
「………。」
「だけど、俺はこの先も変わらない。」
「………。」
「ロシェ、お前を裏切らない。絶対に。」
「………嘘だ。」
「嘘じゃない。」
先ほどとは立場が変わった問答。
お互いに嘘なんて付かないことは知っているのに。
それでも繰りかえさなければ不安でたまらないのだ。
必要以上に誰かに近づくのは怖かった。
近づかなければ、裏切られる事も無いだろう?
「嘘じゃない。」
「………。」
「俺が好きなのは、ロシェ、お前だけだ。」
「………。」
「もしも俺が裏切ったとしたら、お前の手で俺を殺せ。」
「………。」
「好きだ……。」
ウルフの言葉が、頑なだったロシェの心を動かした。
ロシェは微笑んで、そして頷いた。
それが合意の合図だった。
ウルフは、今度はそっとその身体を抱き寄せた。
ロシェの抵抗は無かった。
その背と、頭に腕を回し抱きしめると、おずおずと、ロシェの手がウルフの背に回された。
どちらともなく顔を上げると、触れるだけの口付けを交わした。
裏切りは許さない。
血判状代わりの誓いのキスを………。
つづく
しょぼいラブコメ(笑)が性懲りもなく続きます。ラブコメだけどものっそダークな話になります(多分)そもそもコメディーではないです(orz…)
近頃ギャグしか書いてなかったし、真面目に書く程はまれる版権もなかったしで、久しぶりに脳をフル回転させてみました。文章力がないのは相変わらずですがお許しを………。
ええと、基本、うちの書く小説は「自己中、自己満足、乙女バンザイ」ヲ、モットーにやってますんで、砂吐きそうな乙女ッぷりには目を閉じていただければと思います。書いてる本人しか楽しめないですがご了承下さい。タチもなぜかへタレに………。あんなに格好良いウルフさんをこんなにもへタレにしてしまう自分の文才に情けなさを感じる肌寒き今日この頃です………。
今更だけど、後書きって何でこんなにすらすら書けるのかな??不思議ですね。いつも思います。
で、話ですけど、なんとかウルフさん、ロシェのATフィールド引き裂いたみたいなんで、今後も頑張って欲しいと思います。(それだけ?)
さてここで、次回予告!!
「とうとうロシェのATフィールドを引き裂いたウルフ。この勢いに乗り浸食するのか!!
次回!終わらない情事
この次も、み〜んなで見てね☆」
ごめんなさい。最後に来てまたアホなことをやってしまいました(合掌)………。
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